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名古屋地方裁判所 昭和44年(ワ)2516号 判決

原告

平野久一郎

外二名

右原告ら訴訟代理人

大矢和徳

被告

橋元運輸株式会社

右代表者

橋元茂

主文

一、被告は、原告沢木利広に対し金三九二、〇〇〇円、同出口繁に対し二一二、八〇〇円およびこれらに対する昭和四四年九月四日からその支払のすむまで年五分の割合による金員を支払うべし。

二、原告沢木利広、同出口繁三のその余の請求および原告平野久一郎の請求はいずれもこれを棄却する。

三、訴訟費用中原告平野久一郎と被告との間に生じた分は同原告の負担とし、原告沢木利広、同出口繁三と被告との間に生じた分は、これを二分し、その一を右原告らの、その余を被告の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一、被告の前身は、初代の代表取締役亡橋元幸吉の個人企業で橋元組と称していたが、昭和二七年九月二日株式会社に改組され、当初の商号は株式会社橋元組であつたが、昭和四二年に現商号に変更されたことは当事者間に争がなく、〈証拠〉によれば、原告らは、昭和二一、二年ごろから右橋元組の従業員として稼働し、株式会社に改組された昭和二七年九月二日からは、被告の社員として引き続き雇用されていたことが認められる。

二、つぎに、被告が原告らに対し、昭和四三年一〇月一二日に本件解雇の意思表示をしたこと、その解雇理由は原告主張のとおりであることは当事者間に争がない。

よつて右解雇の効力について判断する。

(二) 被告は従前から訴外三菱重工業名古屋航空機製作所等の下請業務をしていたこと、亡橋元幸吉の実弟訴外橋元幸平(当時被告の取締役、副社長)は昭和四三年七月二五日訴外会社(資本金五〇〇万円、発行済株式一万株)(編注、橋元工業株式会社)を設立したこと、その業務内容は登記面上、諸機械の組立、解体、据付、修理、木製品の製造、包装、梱包用資材の製造、包装、梱包の設計および右製造の施行、請負等であり、これは被告の業務内容と殆んど同じであったこと、原告らが訴外会社設立に際し、発起人となり、かつ取締役に就任していること(但し右発起人、取締役が名義上だけのものであるかどうかはしばらく措く)は当事者間に争がない。

(二) 〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

原告らは、前記のとおり被告設立以前の橋元組当時より勤務していたいわゆる子飼の社員で、本件解雇当時原告平野は製材所々長、原告沢木は大江営業所々長代理兼梱包課長、原告出口は岩塚営業所運搬課作業係長で、いずれも役付社員であった(役付社員は約二〇名、従業員はこれを含めて約一五〇名であり、原告平野は一時取締役の候補に擬せられたこともあった)。

ところで、被告の初代代表取締役橋元幸吉は、昭和四二年六月八日死亡し、そのころその実子である橋元茂が被告の代表取締役に就任したが、そのころから、亡幸吉の財産相続に関し、幸吉の実弟である訴外橋元幸平(戸籍上は茂の兄、前記のとおり被告の取締役、副社長)と意見が対立し、被告会社内における折合も悪くなった。

昭和四三年八月上旬ごろ、被告代表者橋元茂は、右訴外幸平が、密かに訴外会社を設立し、被告の取引先である三菱重工名古屋機器製作所に対し、その下請業務を営みたい旨申出をしていることを聞知し調査したところ、訴外幸平は、前記のとおり昭和四三年七月二五日訴外会社を設立したこと、その業務内容は登記面上被告と殆んど同一であること、原告らが、登記面上いずれも訴外会社の取締役に就任していることが判明した。

そこで被告代表者橋元茂は、訴外幸平の右所為を被告に対する背信行為なりとして同年九月上旬所定の手続を経て訴外幸平の被告取締役としての地位を解任(正確には任期満了不再任)し、訴外幸平は、そのころから被告を去り、訴外会社の経営に専念するようになった(当時茂が幸平から暴行されたとして告訴し、幸平が罰金刑を受けるという事件が起きた)。

現在訴外会社は従業員約三〇名弱で被告の取引先である三菱重工名古屋自動車製作所、同航空機製作所等の下請業務をなし(被告は右二社および名古屋機器製作所等の専属的下請業務をしている)、被告とは完全に競業関係にある。なお本件解雇後原告沢木は訴外会社に正式入社し、常務取締役として訴外幸平と共にその経営に当つており、原告出口も訴外会社に入社し、作業部長として稼働している。

ところで、原告らの取締役就任の経緯は次のとおりである。

訴外幸平は訴外会社設立にあたり、叔父の原告平野の従兄弟の原告出口、原告平野の妹婿原告沢木に対し、訴外会社の設立、経営の衝には自分が一切これにあたることを条件に発起人および取締役に就任して貰いたいと依頼し、その承諾を得て、原告らから実印を預り、設立手続、取締役就任の登記手続を了した。原告らは取締役就任後、当初の約定どおり訴外会社の経営には直接関与せず、訴外幸平が専ら経営の衝にあたり、原告らは従前どおり被告の従業員として稼働していたが、訴外幸平が被告から解任されたことおよび訴外会社が被告の取引先に対し下請業務を営みたい旨の申出をしたことは知つていた。

被告代表者橋元茂は、原告らが被告と競業関係に立つと思われる訴外会社の取締役に被告の許諾もなしに名を連らねていることをもつて、被告に対する著しい背信行為にあたると考え、本件解雇に及んだ。

以上の事実が認められ、〈証拠判断省略〉

(三) 以上に認定した事実によれば、原告らは、被告の取締役副社長であった訴外幸平が、被告と同一業種の新会社設立にあたり、その依頼を受けて取締役に就任したことは明らかである。

(四) 原告らは、右取締役就任につき被告の承諾を得ている旨主張し、〈証拠判断省略〉他に右主張を認めるに足りる的確な証拠は存しない。

(五) ところで被告の就業規則第四八条四号七号に被告主張のとおりの条項の存することは当事者間に争がない。(編注、就業規則第四八条「下記の各項の一つに該当する時は解職に処する。但し情状により減給に処する場合もある。」同四号「会社の承認を得ないで在籍のまま他に雇入れられ他に就職したとき」、同七号「その他各号に準ずる程度の不都合行為のあつた者」)

元来就業規則において二重就職が禁止されている趣旨は、従業員が二重就職することによつて、会社の企業秩序をみだし、又はみだすおそれが大であり、あるいは従業員の会社に対する労務提供が不能若しくは困難になることを防止するにあると解され、従つて右規則にいう二重就職とは、右に述べたような実質を有するものを言い、会社の企業秩序に影響せず、会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度のものは含まれないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、原告らは訴外会社の取締役に就任後、取締役として訴外会社の経営に直接関与することなく、被告の従業員として稼働していたというのであるから、原告らの被告に対する労務の提供に何らの支障を来さなかつたことは明らかである。

従つて原告らの取締役就任が、被告に対する労務提供を妨げる事由とは認められない。また原告らは前記のとおり訴外会社の経営に直接関与していなかつたのであるから、一見すれば、被告の企業秩序に対し影響するところはないとも考えられる。

しかし、訴外幸平は被告の取締役副社長に在任中に同一業種の別会社を設立することを企て、これを実行したのであり、原告らは訴外幸平の右企てを同人から告げられ、その依頼を受けて訴外会社の取締役に就任することにより右企てに参加したものであること、訴外幸平が別会社設立を理由に解任された後も、これを知りながら、いぜんとして取締役の地位にとどまり辞任手続等は一切しなかつたこと、訴外幸平は被告から解任された後は訴外会社の経営に専念していたのであり、訴外幸平と原告らとの前記のような間柄からすれば、原告らは、訴外幸平から訴外会社の経営につき意見を求められるなどして、訴外会社の経営に直接関与する事態が発生する可能性が大であると考えられること、原告らは被告の単なる平従業員ではなく、いわゆる管理職ないしこれに準ずる地位にあつたのであるから、被告の経営上の秘密が原告らにより訴外幸平にもれる可能性もあることなどの諸点を考え併せると、原告らが被告の許諾なしに、訴外会社の取締役に就任することは、たとえ本件解雇当時原告らが訴外会社の経営に直接関与していなかつたとしても、なお被告の企業秩序をみだし、又はみだすおそれが大であるというべきである。

してみると、原告らの訴外会社取締役就任の所為は被告就業規則第四八条四号または七号に該当するというべきであるから、これを理由としてなされた本件解雇は有効である。

三、ところで、〈証拠〉によれば、被告は本件解雇後まもない昭和四三年一一月九日に原告らに対し予告手当金を支給したことが認められ、(右支給の事実は当事者間にも争がない)右事実によれば、被告は当初の即時解雇の意図を変更し、結局において本件解雇を予告解雇の手続によりなしたものと認められ、懲戒解雇を予告解雇の手続を経てなすことは、もとより許容されるところであるから、本件解雇は右一一月九日にその効力を生じ、原告らは同日限り被告の従業員の地位を失つたものというべく、被告の従業員としての地位をいぜんとして保有していることを前提とする原告平野の本訴請求はもとより失当として棄却を免れない。

四、よつて進んで原告沢木、同出口の退職金債権の存否について判断する。

もともと懲戒解雇は、経営秩序違反を理由としてそれに対する制裁の意味で通常解雇についてみとめられる利益である退職金の支給をその一部又は全部について停止しようとするものであり、現に〈証拠〉によれば、被告の退職金規定七項は「次の各号に該当し退職する者は、支給額を減額もしくは支給しない」と規定し、その四号に「懲戒により解任されたもの」と規定していることが認められる。

このような懲戒解雇における退職金支給についての制限規定は、退職金が功労報償的性格を有していることに由来すると考えられる。

しかし退職金は、賃金の後払的性格をも帯有していることは否定できないから、たとえ右制限規定の具体的適用が就業規則上使用者の裁量に委ねられているとしても使用者の被懲戒解雇者に対しなす右具体的適用は労基法の諸規定やその精神に反せず、社会通念の許容する合理的な範囲においてなさるべきものと考える。

この見地からすると、退職金の全額を失わせるに足りる懲戒解雇の事由とは、労働者に永年の勤続の功を抹消してしまうほどの不信があつたことを要し、労基法二〇条但書の即時解雇の事由より更に厳格に解すべきである。

そして原告沢木、同出口の所定退職金の最高額は原告沢木は九八〇、〇〇〇円、原告出口は五三二、〇〇〇円を下らないことは被告の自認するところである。(これをこえる分については、原告らの全立証をもつてするも認めるに足りる証拠は存しない。)

そこで右原告両名の本件解雇に至るまでのすべての経緯を勘按すると原告らのなした所為は原告らが一六年余に亘り被告に勤続した功を一切抹殺するに足る程の不信行為とは言えないから、所定退職金額の六割をこえて没収することは許されないと解するのが相当である。

従つて原告沢木は三九二、〇〇〇円、原告出口は二一二、八〇〇円(いずれも所定退職金額の四割)の退職金債権を有すると認めるのが相当である。

従つて、被告は退職金として右原告両名に対し、右各金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかである昭和四四年九月四日からその支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五、以上の次第であるからその余の点につき判断するまでもなく原告平野の本訴請求は失当として棄却し、原告沢木、同出口の本訴請求に右認定の範囲で認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(松本武)

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